月猫ツーリスト

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円空・木喰展@そごう美術館

先日の横浜巡検の駄文でも書きましたが、改めて、そごう美術館での円空・木喰展について。
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そういえば、円空と木喰を並べてみたのは、覚えている範囲では2008年の対決展が最初だったかと。
その後、円空と木喰はセットで見ることが多くて(というか、円空は単体でも展示があるが、木喰は円空とセットでないと展示されないような、そんな感じ)ついつい両者を対比して見てしまうのですが、単純に比較してはいけないのではないかなと、この展覧会を見て感じたのでした。


まず、円空と木喰の基礎データを比較してみると、

円空
活躍したのは1665年ごろから。
作った仏像の数は全部で5386体。うち、愛知3241、岐阜1684、埼玉175、北海道51。
木喰
活躍したのは1800年ごろ。
作った仏像は全部で721体。うち、新潟282、山梨89、静岡60、山口55。

という感じで、時期も場所も数も違っているのですよ。
これだけ時期も離れているので、木喰は円空仏を見たことがあるんじゃないかしら?

それから作風も、円空は丸太を縦に割って出来た半円形の柱から仏様を見立てていって、基本的に丸太の形を随所に残すのに対し、木喰の場合は仏様を掘り出していくので元の丸太の形はわからなくなる。そんな違いがあります。円空の場合は何となく、木そのものに仏様が宿っているという感じで考えていたのではないかしら?



と、うんちくはこの程度にして、作品の感想を書いてみます。まずは円空から。

展示は時代順に近い感じで並んでまして、最初の方の1665年くらいに作られたものは、半分に割った丸太を掘っているので背中は平ら、という円空さんの特徴は見られるものの、顔とかは丁寧に磨いていて普通の仏像のようです。

それが1675年頃の仏像になると一気に荒くなって、木片に顔をつけただけ、という感じになってしまいます。
特に、三重県志摩市少林寺に伝わる「護法神」というやつは、すでに木のうろ、にしか見えないわけで……

三重県菰野町の明福寺に伝わる仏像は両面に顔があって、片方は薬の瓶を持っているから薬師様、もう片方は手の印から見て阿弥陀様、そんな感じだったりします。

名古屋の龍泉寺からは馬頭観音に両脇侍が来てましたが、両脇侍のお名前を確認すると、天照皇太神に熱田大明神という……、ちょっと待て。それにしても細身の脇侍でしたが、これも1本の丸太の半分を観音様、残り半分をさらに半分にして両脇侍という風に作ったからでしょうね。



続けて木喰さんのほう。木喰といえば常にニコニコがトレードマークです。

という意味で注目なのが、柏崎市の西光寺から来た十二神将十二神将なのにみなさん微笑んでまして……怖くないったらありゃしません。って、いいのか?それで。

また、愛媛県四国中央市光明寺から来ていた子安観音菩薩は立木仏で、木のうろ、の中に観音様が見事に掘り出されてました。
きっとこれ、円空が同じ木のうろ、を見つけたとしたら、目と鼻をちょっと掘って終わりなんじゃないかと……(やめなさい)。


というわけで、比較すべきで無いなどと言っても、並べて展示されると、つい比較してしまいますね。