月猫ツーリスト

かわいいものを求めて西へ東へ右往左往の記録

インドの仏@東京国立博物館

「インドのイム」という、摩訶不思議なタイトルの展覧会に行ってきました。
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もとい「インドの仏」が正しいタイトルですが、ポスターに力強い書体で「仏」の字をでかでかと書いたら、だれからともなく「インドのイム」と呼ぶようになってしまったこの展覧会、google様に問い合わせても18万件くらいはちゃんと検索結果にリストアップされて、しかもトップが東博のページになってしまう「インドのイム」です。


この展覧会は、インドのコルカタ(感覚的には旧称のカルカッタのほうがしっくり来る)にある「コルカタ・インド博物館」の所蔵品を用いて、インドの仏教美術を総覧してしまおうというものです。


展示はまず始めに、仏像が生まれる前の話。

仏教もイスラム教や初期のキリスト教同様、人を超越したものを人の形で現してはならないと、釈迦を人の姿で描くことは禁止。なので法輪や菩提樹を描いて、そこにお釈迦様が居ることを示しています。面白いのは描いてはいけないのはお釈迦様だけで、周辺の人は人の形で描いています。
例えば「菩提樹(カナカムニ仏)の礼拝」(作品No2)では、周囲の人は正面向きと横向きだけだですが、人の姿をちゃんと捉えていて、紀元前2世紀のものなのに技術があります。


そして次のコーナーは、仏像でたどるお釈迦様の生涯。って、似たような企画を「手塚治虫のブッダ展」でもやってた気が。
で、次の章では時代ごとの仏像の変遷をやっていましたので、お釈迦様の一生は横において、時代ごとの変遷にばかり注目して見ていました。


まず、一番古いのはマトゥーラの1世紀の仏様(作品No18)。なんか素朴で、体育会系のおっさんのような印象です(なんだそれは)。

そして、2世紀のクシャーン朝、ロリアン・タンガイでギリシャ彫刻になって彫りが深くなります。
仏坐像(作品No19)なんて、結構筋肉質です。
また、仏説法図(作品No22)は、建物風の彫刻の中で釈迦が説法をしている場面ですが、その周りにある建物風彫刻もしっかりとしていて良かったです

で、時代が一気に飛んで7~10世紀のナーランダになると、なぜがスポーツマンっぽい感じになったりヒンズー教っぽくなるわけで……。濃いわ。
特に、仏伝「誕生」(作品No7)では摩耶夫人がグラマーなヒンズー教になってまして……なんか戸惑います……(あたしの摩耶夫人のイメージは東伯法隆寺宝物館にあるやつなのだ)。


で、続けて2階に上がって……そう、東博表慶館の2階ですよ。2階に立ち入ることが出来るのは一体何年ぶりだ?*1
ここではお釈迦様以外の菩薩や神々の像が登場します。

2世紀に作られた弥勒菩薩坐像(作品No30)。弥勒菩薩様なのか部族長なのかという風貌で、ペシャワール近郊で自動小銃を持っていても違和感が無いです。頭頂部が螺髪ではなく(まぁ菩薩なので当然ですが)、長い髪を束ねている感じがわかりやすく表現されてます。

10世紀の観音菩薩坐像は(作品No33)、ヒンズーとか、チベットとかの雰囲気で、普段おとなしい観音様を見慣れている目には刺激が強すぎます……


その後、ストゥーパや経典なども展示されてましたが、目を引いたのは塼仏という携帯型の仏像(作品No41-43)。粘土板に型押しをしたものですが、10世紀にはこういったものの需要が既にあったのですね。というか、三蔵法師もその頃の人なので、もしかして持っていたのかも?


再び1階に戻って、最後は密教の世界。インドの密教は仏教にヒンズー教的なものを取り込んだようなものですので、当然すごくて……。

11〜12世紀のカサルパナ観音立像(作品No50)は、実に長身で、体はS字で。どう考えてもこの観音様、今から踊る気満々です。

11世紀のビルバールで作られた仏頂尊勝坐像(作品No56)は胸は出過ぎだし、腰はくびれすぎだし……。なんか情熱的すぎて……。


という感じで、中盤以降すっかり「インドのイム」の情熱的なものにあてられてしまいましたわ。ああ疲れた。
この後、ちょっと熱を覚まそうと、東洋館のガンダーラ仏→東洋館の中国の仏様→本館の日本の仏様と巡って、図らずも仏教伝来の旅をしてしまったのですが……。

やはり、仏像は普段見慣れたものが落ち着きますね……。


おまけ:東洋館の前のスペースでは、インド料理の屋台も出てまして(雨天中止)。これもなかなか美味でした。
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*1:もしかすると、2008年のスリランカ展以来じゃないか?